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東京地方裁判所 昭和50年(行ウ)162号 判決

原告 岡島次郎

被告 浅草税務署長

訴訟代理人 国吉良雄 篠田学 ほか二名

主文

一  本件訴を却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和四二年二月八日付でした原告の昭和三八年分以降の所得税についての青色申告承認取消処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三八年分以降の所得税について青色申告の承認を受けていたものであるが、被告は、原告に対し昭和四二年三月八日付で、昭和三八年分以降について右承認を取消す処分(以下「本件処分」という。)をした。

2  しかし、本件処分の通知書には承認取消理由の付記が不備であるという重大かつ明白な瑕疵があり、したがつて本件処分は無効であり、仮に無効ではないとしても取消されるべきである。

3  よつて原告は被告のした本件処分の取消を求める。

二  被告の本案前の答弁の理由

被告は、原告に対し昭和四二年三月八日本件処分の通知をしたものであるところ、原告は、昭和四九年七月三〇日に至り被告に対し本件処分についての異議申立をした。しかし、右異議申立は、国税通則法(昭和四五年法律第八号による改正前のもの。以下「旧国税通則法」という。)七六条一項、四項所定の異議申立期間を徒過した不適法なものであるから、被告は、昭和四九年一〇月一二日付でこれを却下する決定をした。原告はこれに対し昭和四九年一一月一三日付で審査請求をしたが、国税不服審判所長は、右審査請求は適法な異議申立を経ていない不適法なものであるとして、昭和五〇年九月一九日付でこれを却下する裁決をした。

したがつて、本件訴は、適法な不服申立の前置を欠く不適法なものであるから、却下されるべきである。

三  被告の本案前の答弁の理由に対する原告の反論

本件処分についての行政不服申立手続の経緯に関する被告主張の事実はすべて認めるが、本件処分に対する異議申立は、以下のとおり適法なものであつて、したがつてまた本件訴も適法である。

1  本件処分は異議申立のできる処分であり、かつ書面でなされたものであるから、行政不服審査法(以下「審査法」という。)五七条一項により、被告は原告に対し、異議申立をすることができる旨並びに異議申立をすべき行政庁とその期間について教示すべき義務があつたにもかかわらず、本件処分には、その通知書に右の教示の記載がまつたくなされなかつたという瑕疵があつたものである。

そして、教示がなされなかつた場合の不服申立については、本件処分当時施行されていた旧国税通則法には何ら特別の救済規定がなく、同法七五条により審査法が適用されることになるのであるが、この場合において旧国税通則法七六条の異議申立期間の規定が適用される余地はないのである。なぜなら、同法七五条は、同法の不服審査の規定及び国税に関する他の法律に別段の定めがある場合のほかは審査法の規定によることとしているのであるが、その規定に照らし、旧国税通則法七六条は、右の「別段の定め」には含まれないからである。

2  そこで審査法の規定について検討すると、教示義務に反して行政庁が教示しなかつた場合の不服申立について、同法五八条は、処分に不服ある者は当該処分庁に不服申立書を提出することができ(一項)、その不服申立書が提出された場合には、はじめから当該処分に対する適法な異議申立、審査請求あるいは当該法令に基づく不服申立がなされたものとみなされる(三項ないし五項)ことによつて、不服申立人に不利益が及ばないようにされているのであり、しかも右規定に基づく不服申立には、同法一五条の規定が準用される(二項)のみで、同法一四条の規定は準用されていないのであるから、不服申立の期間については何らの制限も課せられていないと解すべきである。

本件処分について原告のした昭和四九年一一月一三日付の異議申立は、まさに右規定に基づくものであつて、したがつて、同法五八条一項、五項により、はじめから適法な異議申立が被告に対しなされたものとみなされる場合であるから、右異議申立が、本件処分のなされた昭和四二年三月八日の後七年余を経過してなされたことをもつて、これを不適法ということはできない。

なお、以上によれば本件処分の取消を求める原告の形成権は、一〇年を経過するのでなければ時効によつて消滅することはないのであり、被告に対する異議申立は、右期間内に行なわれたものであるから、この点においても適法というべきである。

四  原告の反論に対する被告の再反論

1  教示に関する審査法五七条の規定は、行政不服審査制度がいかに完備していても、不服申立の可否、不服申立庁及び不服申立期間が不明瞭であれば、行政不服審査制度が国民によつて十分活用されず、かくてはその制度の目的が果たされないことになるので、処分庁は、処分をする際に処分の相手方に対し不服申立による救済を受けられる旨を周知させることが必要であるという趣旨のもとに規定されているのである。したがつて右規定は、一般に訓示規定と解されているのであつて、行政庁が教示義務に違反し、教示をしなかつたとしても、教示自体行政処分の通知に伴う手続であつて処分それ自体の手続ではないのであるから処分の違法・取消原因になるものではない。

しかし、右規定に反して教示がなされなかつた場合に、当該処分に対して不服申立ができないこととなれば、処分の相手方は著しい不利益を蒙ることになるので同法は教示がない処分に関する不服申立について五八条の規定をおいているのであるが、同条一項の規定の趣旨は、処分庁が前記の教示義務を果さないため、相手方は不服申立をすべき行政庁がわからないから、取りあえず当該処分庁に不服申立書を提出させることによつてその救済を図ることとしているのである。また、同項の規定により、不服申立書を受理した処分庁は、当該不服申立がどこの行政庁で処理すべきものであるかを判断し、処分庁自ら処理すべきでないと判断したときは、当該不服申立書を本来処理すべき審査庁または行政庁へ送付するのである(三項)。

そして、右処分庁から当該不服申立書の送付を受けた審査庁または行政庁は、右不服申立が処分庁に提出されたときに当該法令に基づく不服申立書が提出されたものとみなし(四項)、また、処分庁自ら処理すべきものとされる場合には、不服申立書が提出されたときに処分庁に異議申立または当該法令による不服申立がなされたものとみなして(五項)、それぞれ当該不服申立に対する審理をすることとなるのである。

したがつて、教示のない処分に関する不服申立についても、右で述べた不服申立書を提出したとみなされた日が、当該法令に基づく不服申立期間内の適法なものであれば、実体的審理を経ることとなるが、右の不服申立期間を徒過していれば不適法なものとして却下されることとなるのであつて、このことは、同条の規定が教示のない処分に関し不服申立期間の規定を排除する旨を規定していないことからも明らかである。

2  本件処分において原告に対し教示がなされなかつたことは被告もこれを認めるところであるが、以上によれば、本件処分に対する異議申立も旧国税通則法七六条一項所定の期間の制限を受けるのであつて、原告のした異議申立は、審査法五八条一項の規定により、被告に提出されたものであつたとしても前記のとおり異議申立期間を徒過した不適法なものであり、また、異議申立または審査請求の際に被告または審査庁の調査したところによつても、不服申立期間を徒過したことにつき旧国税通則法七六条四項所定の正当な理由があるときとは認められなかつたのである。

したがつて、原告が異議申立、審査請求を経て本訴におよんだとしても、右異議申立、審査請求が不服申立期間を徒過した不適法なものである以上、本件訴は適法な不服中立前置を欠く不適法なものであるから却下されるべきである。

3  なお、原告は、審査法五八条の規定が同法一四条を準用する旨の規定を置いていないことをもつて不服申立期間等の規定が排除されると主張する。

しかし、同法五八条が原告主張のとおりの規定であるとすれば、同法一五条以外の他の手続規定はすべて排除され、同条の趣旨・目的を全く没却する結果を生ずるのであり、かかる原告の主張が失当であることは論をまたないものというべきである。

同法五八条が不服申立制度の基本たる不服申立期間の規定を排除・失効させる規定でないことは制度の趣旨・目的から明白であり、また、同法の特別法である旧国税通則法七九条二項からみても処分に教示のないことが不服申立期間に関する規定を排除するものではないことが明らかである。

理由

一  本件訴の適否について判断する。

原告は、審査法五七条に違反して教示がなされなかつた本件処分についての原告の異議申立は、同法五八条一項に基づくものであつて、旧国税通則法あるいは審査法所定の異議申立期間の制限を受けないと主張する。

しかし審査法五八条の規定は、処分庁が教示義務を尽くさなかつた場合に、教示制度を設けた同法の趣旨目的に反し、処分の相手方等に不服申立制度を活用する機会を失わせることがないように、当該処分庁に不服申立書を提出させることによつてその救済を図ろうとした規定であり、同条一項に基づく不服申立書が処分庁に提出されたときは、その不服申立を、当該処分について不服申立人が同法その他の当該法令に基づき本来なすべき異議申立、審査請求その他の不服申立の種類(形式)により、本来なすべき行政庁あるいは審査庁に対し行なつた場合とまつたく同じ効力を有するものとして、本来の行政庁あるいは審査庁において取り扱わせることを手続的、効力的に定めているのであつて、それ以上に異議申立、審査請求など他の所定の不服申立手続と異なるまつたく別権の不服申立制度を認めたものではなく、まして当該不服申立に付着する他のすべての瑕疵をも治癒させてこれを適法なものとする趣旨でないことは規定上明白というべきである。

すなわち、右条項に基づく不服申立は、それがなされたときに本来の行政庁あるいは審査庁に対し本来の不服申立の種類(形式)のものがなされたものとして、右行政庁あるいは審査庁において、当該不服申立自体の適否を含めその手続的実体的な審査を受けるのであつて、仮に、右不服申立が本来の行政庁あるいは審査庁に対し本来の不服申立の種類(形式)でなされていたとしても、これを不適法とするような瑕疵、たとえば不服申立人適格の欠鋏あるいは本来の不服申立期間の徒過などがあれば、右不服申立が不適法であることにかわりがないのであつて、本来の行政庁あるいは審査庁においてこれを却下することとなるのである。

原告は、右条項に基づく不服申立に関し、同条二項において同法一五条のみを準用しており、同法一四条は準用されていないことを理由に、右不服申立には不服申立期間の制限がないと主張するが、右主張は以下のとおり失当である。

すなわち、審査法五八条二項は、本来ならば異議申立、審査請求あるいはその他当該法令に基づく不服申立のいずれかの種類(形式)によつてなされるべき同条一項の不服申立書において、その記載すべき事項については審査請求書に関する規定を準用(したがつて適用ではない。)することを定めているのであつて、右の条項が同条全体として審査法の他の条項の適用を排除する趣旨のものとは到底解せられないのであつて、同条一項に基づく不服申立としての性質に反しない限り、同法所定の一般的通則的な規定はもとより、本来なすべき種類(形式)の不服申立に応じた諸規定についてもそれらの適用(準用ではない。)があることは、審査法自体の法的構成及び同条の趣旨に関する前記説示に照らして当然といわなければならない。そして、たとえば同条一項による不服申立が、本来ならば同法に基づく審査請求をすべき場合(五条)であるならば、同法の一般的通則的な規定とともに当該不服申立について爾後の審査手続等につき同法第二章第二節の諸規定がその性質に反するものでない限り適用されるのと同様に、審査請求期間についての同法一四条(同条が不服申立についての教示がない処分についての審査請求の性質に反する規定でないことは明らかである。)も適用されるのであつて、以上は同法に基づき異議申立をすべき場合の期間に関する同法四五条、あるいは他の不服申立に関し当該法令(同法一条二項参照)に定める審査法に優先して適用される不服申立期間の適用についても同様といわなければならない。

二  これを本件についてみるに、本件処分において不服申立についての教示がなされなかつたことは当事者間に争いがないけれども、本件処分の通知が原告に対してなされたのが昭和四二年三月八日であり、これに対して原告が異議申立をしたのは七年以上も経過した昭和四九年七月三〇日であることも当事者間に争いがないところ、旧国税通則法七六条一項によれば、本件処分に対する異議申立は、処分の通知を受けた日の翌日から起算して一月以内になすことを要するものとされ、かつ同条四項によれば、処分の日の翌日から起算して一年を経過したときはすることができないとされているのであるから、原告の前記異議申立が右各条項所定の異議申立期間を徒過した不適法なものであることは明らかである。なお、処分について不服申立の教示がなかつたこと自体は、異議申立に関する一年間の排斥期間徒過についての同条四項ただし書にいわめる「正当な理由」がある場合にはあたらないというべきである。

原告は旧国税通則法七六条は、同法七五条にいう「別段の定め」には含まれず、本件の異議申立に関しては審査法のみが適用されると主張するが、右条項の「この節及び他の国税に関する法律に別段の定めあるもの」にいわゆる「この節」が旧国税通則法の第八章第一節をさすものであり、異議申立期間についての同法七六条の規定がこれに含まれ、一般法たる審査法四五条の特別規定として本件の異議申立に優先適用されることは極めて明白であり、原告の主張はまつたく失当というほがない。

また、本件処分は旧国税通法の施行時になされたものであるところ、これに対する原告の異議申立は昭和四五年法律第八号により同法七六条が改正された後になされたものであるが、右異議申立の期間について改正前の前記条項が適用されることは、右改正法律附則五条の解釈上明らかというべきである。

三  したがつて、本件処分についての原告の異議中立に対し、被告が異議申立期間を徒過した不適法なものとしてこれを却下し、さらに原告の審査請求に対し、国税不服審判所長が適法な異議申立に対する決定を経ていないとしてこれを却下したこと(この事実はいずれも当事者間に争いがない。)は、いずれも正当であり、そうとすれば、原告の本件訴は、適法な審査請求に対する裁決を経ていないことに帰し、行政事件訴訟法八条一項ただし書、国税通則法一一四条(旧国税通則法八七条一項)に違反し、また行政事件訴訟法一四条所定の出訴期間を徒過した(本件訴が本件処分の日から八年以上経過した後である昭和五〇年一二月二〇日に提起されたことは、記録上明らかである。)ものであつて、いずれにしても不適法たるを免れないといわなければならない。

なお、原告は、本件処分は重大かつ明白な瑕疵があり無効であると主張するが、原告主張の本件処分の違法事由は取消事由にとどまるものであつて処分の無効事由とまでは解されないのみならず、仮に本件処分に無効事由があつたとしても、原告の求める本訴が取消訴訟である以上、適法な不服申立の前置及び出訴期間の遵守が訴訟要件となるのであつて、本件訴が不適法であるとする前記結論に影響するものではない。

四  以上の次第であるから、原告の本件訴は不適法としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内藤正久 山下薫 三輪和雄)

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